京都ワイズメンズクラブの秘蔵写真


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          男の子は買わなかった!

1952年10月

京都YMCAは、人形を販売して女の子達を楽しませてくれました。

京都のワイズメンが開催したこの販売事業は

鳥取大火(1952年4月17日午後2時55分ごろ発生)で破壊した

鳥取YMCAを再建するためにこのファンド事業が立ち上がりました。

この火災で町の半分が破壊し、YMCAは焼け落ちました。

そこで、日本中のワイズメン達がその救済に集まりました。

京都ではメネットが人形を作り、メンはその販売を担当しました。

幸運なことに、ワイズメンズクラブの国際大会がその年京都で開催され

25クラブから200人のメンバーが参加しました。

販売事業が好調に進んで人形の販売金額は目的としていた基金に達成しました。

                                  印刷 : USA

(この写真は、北米ミネアポリスYMCAの元スタッフの方よりいただきました。
京都YMCAにも同じ物をいただきました。)


【ここから下は、ネットで調べた記事です】

毎日新聞 2017年4月18日 地方版


1952年4月に起きた「鳥取大火」から17日で65年となり、

鳥取消防署は同日火災予防を訴えるパレードを開き、

火の取り扱いに注意を呼び掛けた。

街が炎に飲み込まれていった当時の様子を記憶する市民からは

「二度とあんな惨事は起きてほしくない」と声が上がった。

県消防防災課によると、1952年4月17日午後2時55分ごろ、

鳥取市吉方の温泉場付近から出火。

フェーン現象による強風で火は勢いを増し、旧市街地の3分の2が焼けた。

火災は翌18日午前3時ごろまで収まらず、死者3人、重軽傷者3,965人に上った。

強い南風の影響で火は若桜街道以西の市街地に瞬く間に広がり、住宅6,786棟が焼けた。

家屋被害は5,000戸以上に上った。





当時の様子を語る吉村多恵子さん=鳥取市で、園部仁史撮影



同市立川町5の吉村多恵子さん(81)は16歳の時に大火を経験した。

出火場所近くの服飾関係の学校で火災を知り、授業も中止に。

外に出ると、近くの住民らが必死になって家から家財道具などを運び出し、

リヤカーに乗せ避難していたという。

吉村さんの当時の自宅は被災を免れ、けがもせずに済んだが、

「若桜街道周辺は一面焼け野原になった。火事の恐ろしさを知った」と振り返った。